街のあじさい。

オーディオが盛大に一段落してしまっところで、たまたまチェックした撮って出しのJPEGの立体感のある描写に「おっ!」と思ったことがきっかけで、カメラ・写真方面が盛り上がっているところ。TG-7で撮った写真にPureRAWを使うと、ノイズレスでシャープな結果が得られることに衝撃を受けて、E-M1 MarkIIでも同じようにしてきたんだけど、これがあんまりよくないのかもしれない、と思い始めた。

完璧なタイミング
こっちは咲き始め

PureRAWはレンズのいろいろな収差を補正したり、副次的にノイズが消える効果があるアプリケーション。これで前処理をして最終的にLightroomで仕上げると、レンズやカメラの個性は完全に消えないとしてもだいぶ薄まる。突き詰めればカメラとレンズは何でもいいことになってしまうというのは、前々からモヤッとしていたところ。「クリアでシャープな画像」に取り憑かれて、「1枚の写真として見た時にどうなのか」という重要な部分が抜け落ちていた…ような気がする。

全部ピンクってめずらしくない?
見事な大玉あじさい

さらに良くないのは、後から補正することを前提にするから、撮影が適当になってしまうこと。傾きを修正できるように余白を大きく取ったり、白飛びしないように露出を下げてみたり、考えずにたくさん撮るから後処理や選別が大変になって、写真自体が楽しくなくなっていた。

もうちょっと早く来たかった
あじさいは営業中
あじさいには電柱が似合う

そういった諸々を踏まえたうえで、E-M1 MarkIIにM.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROの解放縛りで街のあじさいを撮ってみた。結果はとても満足。「美しくにじむボケ」のためにわざと収差を作りこんだレンズなんだから、その収差を修正しちゃあダメでしょう。1枚1枚集中したから写真を撮ったという感覚がいつもよりも濃い。ここに載せるにあたっては、OM SYSTEM純正のOM WorkspaceでRAWファイルからリサイズしてJPEGで書き出した。これでカメラ内で生成されるJPEGと全く同じものが縮小されて出力される。問題はOM Workspaceが自宅のWindows(Intel Arc搭載)で全く動かないこと。MacBook Neo買っておいてよかったわー。

1枚目を別角度から
そしてまた別角度から

オーディオでもスタジオ機材+PCで音響補正みたいな方向をやってみたいなぁと思っていたけど、今回の件に絡めて、もしかするとぼくはそういう方向が好きじゃないのかもしれないと思ったり。それぞれの持つクセとか個性の良し悪しを楽しむのがいいかなぁ。後からゴテゴテいじるとあんまりいい結果にならないというか、そもそも最終的にこうしたいってイメージが強くないのと、知識と技術がないのと。んー、来月にはまた違うことを言っているかも(笑)

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