あった!

本堂は「進和殿」と名付けられた

5月に大阪に行ったときにおじゃました企画展「1970年大阪万博ビフォー・アフター展 ~あのパビリオンはいまどこに?~ 2026」で、ラオス館だった建物が霧ヶ峰に移築されていることを知った。場所を調べてみると、何度か行っている霧ヶ峰ホテルのすぐ近くじゃん。そんなこんなでサクッと行ってまいりました。

標高1600m

もう無くなっているかもしれないと思いながら、Googleマップのストリートビューでは入れない奥の方に進んでいくと…あった! へー、大阪からこんな山のてっぺんまでよく運んできたもんだ。しかも56年も前に。

蜘蛛の巣に絡まりまくる
石碑は昭和58年(1983年)に建てられた

ここは「昭和寺」という、特定の宗派や檀家を持たない超宗派のお寺。正式名は「中観山 同願院 昭和寺」。(大東亜戦争での)全戦没者の慰霊と世界平和を祈願するための施設として建てられたという話が入り口の石碑に書かれている。その他に、本尊が世界平和同願観世音菩薩像であることや、万博ラオス館に安置されていた釈迦像があること、本堂は同じく万博のラオス館を移築したものであること等々も記されている(と思う)。

すばらしい!
4方向を見下ろしている
中はどうなっているんだろう?

改めて本堂を眺めてみる。異国情緒漂う中で何よりも目を引くのは、中央に突き出た屋根とそこに書かれている顔。三角のところに眉毛から鼻までで口はない。4方向すべて同じ顔で、ぐるっと「見てるぞ!」という感じ。ラオスとかミャンマー近辺のこういうのって、さくらももこ風味あるよね。

本堂右側面
一瞬象に見える
本堂の中に本がある
本堂背面
落下防止釘
本堂左側面

近づいてみると、正面から1/3くらいのところで基礎が割れていて、建物が折れ曲がりつつあるのがわかる。敷地はきれいに草が刈られているけれど、建物に関してはほとんど修復されていないのかなー。

階段は金属製
賽銭箱が見当たらず
塗装がめくれてしまっている
床が抜けそうで怖い

1周回ってきたところでお参りしてないことに気が付いて慌てて正面の階段を上がる。そこには「賽銭は賽銭箱へ」という案内があるだけで、賽銭箱は見当たらない。扉は全部締まっていて、本尊も、ラオス館と一緒に連れてきたお釈迦様も見られなくて残念。そのまま本堂の回廊におじゃましてみたらフカフカで、3歩が限界。

西と北にそれぞれ慰霊碑がある
北側にはお社も
本堂の左にある管理棟(?)
新しい鍵

本堂の周りにはやはり戦没者を祭った小さなお社と、「財団法人 世界平和同願会」の看板が付いた建物がある。窓ガラスもきれいだし、鍵も新しいからこっちも完全放置ということはなくて、ちゃんと管理されているみたいだね。

屋根が傾いてるように見える
基礎が割れている
右側面を後ろから

改めて本堂を正面から見てみると、屋根が右手前に傾きつつある気がするなぁ。山の上にひっそりと佇むラオス舘、どうか末長くお元気で。とても雰囲気のいいところ(季節もあるかな?)だから、こっちにきた時にはお邪魔することにしよう。

おまけ

レンゲツツジが見ごろ
全部この色
プレーンなやつを

昭和寺を出たら、トイレ休憩も兼ねてちょっと先の駐車場へ。霧ヶ峰はレンゲツツジが満開だった。最初はニッコウキスゲだと思ったけど季節が違ったわ(笑) 例によってソフトクリームをいただきマンモスしてから下山いたしました。

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